身体の感覚がわからないとき|知性化から身体化へ向かう5つのプロセス
身体の感覚に気づくこと。
そう言われても、何をどう感じていいのかわからない、という人は少なくないと思う。
身体の感覚、と一言で言っても、その内訳は実はとても細かく繊細だ。
五感を通して、身体が外側から受け取っているもの。
今ここにある、身体の位置や重さの感覚。
呼吸や心拍など、身体の内側で実際に起きていること。
これらはそれぞれ違う感覚なのだ、ということを、以前の私は知らなかった。
これらひとつひとつを感じたとき、頭はその感覚をどう受け取るのだろう?
そんな視点で自分の内側を観察してみると、自分が普段、身体からの情報をどのように受け取っているのかが見えてくる。
身体の感覚を感じなくさせる「知性化」
最近、知性化、という言葉を聞くようになった。
知性化とは、感情や身体感覚が起きたとき、すぐに分析や意味づけをして、理解しようとする防衛的な心の動きのこと。
幼い頃から周囲の機嫌や空気を読み、安全を確保するために、自分の感覚よりも「何が正しいか」「どうすれば問題が起きないか」を優先してきた人は、この回路が発達しやすい。
この知性化が前景化している人は、身体の感覚を感じにくくなっていることがある。
頭で理解することが、自分を守り、社会の中で生きていく力になっている。
そうすると、自分が何を感じているのかが、わからなくなる。
知性化の動きがあまりにも速く自動化していると、身体が何かを感じた次の瞬間には、その感覚がすでに分析や判断の対象になっている。
身体から届いた情報について、何が原因なのか、どう扱えばいいのかと考え始める。
そうして分析や判断が先に立つほど、身体で感じている時間は短くなっていく。
私に必要だったのは、身体から届いたものを、身体の感覚のまま受け取ることだった。
身体に還ること。
知性化から、身体化へ。
ここでいう身体化とは、身体から届いた情報を、意味や答えに変える前に、身体の感覚として受け取れるようになること。
かつて身体へのアクセスが細くなっていた私自身が、身体化へ向かう過程でたどったプロセスを、書いてみたいと思う。
① 身体が受け取っている五感に気づく
私が最初に取り戻したのは、身体が外側の世界から受け取っている情報だった。
五感の情報。つまり、音や光、温度や匂い、そして肌に触れるもの。
身体は、常にこれらの情報を受け取り、処理にリソースを使っている。
部屋の明るさ。
遠くから聞こえる音。
空気の温度。
服が肌に触れる感覚。
こうした外側から入ってくる刺激を感知する働きを、外受容感覚という。
この外受容感覚の処理に身体がすごくリソースを割いていると、意識が外向きになりやすい。
② 「今ここ」の感覚を身体になじませる
次に、今ここに身体があることを、身体で感知する。
身体が椅子に座っている感覚。
背中が背もたれに触れている感覚。
足が床についている感覚。
身体の重さが椅子や床に預けられている感覚。
こうした、身体の位置や姿勢、動き、重さを感じる働きを、固有受容感覚という。
固有受容感覚は、身体の位置や動きを常に伝えている。
けれど以前の私は、その感覚をほとんど意識していなかった。
安全できる環境の中で、背中と椅子の接触や、足裏にかかる重さへ意識を向ける。
そうすることで、身体が今ここにある感覚が、少しずつ自分の中になじんでいった。
③ 身体の内側で起きていることに気づく
次に開かれたのは、身体の内側で起きていることへの感覚だった。
今、内側に意識を向けてみて、呼吸の深さはどうだろうか。
心拍の速さは。
胸のざわつきは。
お腹の重さは。
喉のつかえはどうだろうか。
身体がギュッと縮こまるような緊張がどこかにないだろうか。
身体の内側で起きていることを感じる働きを、内受容感覚という。
内側の動きが感じられたら、その感覚の質に触れてみよう。
広がっているのか、 詰まっているのか。
温かいのか、硬いのか。
エネルギーのようにも感じられるその感覚は、言葉になる前の情報でもある。
身体の声、ともいえるかもしれない。
④ 身体感覚への意味づけに気づく
次に、その身体感覚の受け取り先を観察してみてほしい。
身体が何かを感じた瞬間、意識はどこに向かうのか。
身体のささいな動きに気づいたとき、その瞬間に、なにか意味を見出したり、原因を探したり、分析を始めたりしてはいないだろうか。
知性化が強いと、この動きが本当に自動化している。
ほぼ無意識に「なぜ、こんな感覚になるのか」 「何が原因なのだろう」 「これはどんな感情なのだろう」 「どうすれば、この感覚をなくせるのだろう」 と考え始める。
主体が身体から思考に移る。その瞬間、頭が身体感覚をごっそりと巻き取っていく。
今ここに身体を置くことができると、身体感覚が生まれたあと、意味づけが始まるまでの、わずかな境目に気づくと思う。
その境目に気づくことで、身体から届いた情報を、すぐに答えへ変えずに受け取れる余白が生まれる。
⑤ 身体情報の受け取り先を変える
身体感覚と意味づけの境目に気づけたら、身体から上がってきた情報を、そのまま身体で受け取ってみる。
私の場合、その受け取り先は背中の空間だった。
胸やお腹に生まれた感覚を、頭へ運んで処理する代わりに、背中の広がりへ渡していく。
感覚の理由を探さず、答えにも変えず、背中にある空間の中に置いておく。
これまで私の中には、 身体感覚→頭で処理する という強固な流れがあった。
そこへ、 身体感覚→身体で受け取る という新しい回路を設けるイメージ。
その受け取り方を、少しずつ身体になじませている。
背中の広がりは、その器になる。
身体感覚を消すことも、正しい意味を与えることも求められない場所。
身体の感覚は、ひとつではない
「身体を感じる」という一つの言葉の中には、外側の世界を感じること、今ここにある身体を感じること、身体の内側を感じることが含まれている。
こうして書いてみるとわかるように、私の場合そのどの段階にも、感じたものを理解し、管理しようとする知性の働きが入り込んでいた。
「頭を使わないようにしよう」とすると、今度は思考が思考を管理し始める。
私自身が意識したのは、身体が受け取ったものを、頭が引き取るまでのあいだに、ほんの少し余白を取り戻していくことだった。
その余白の中で、身体はすでに感じている。
意味になる前の情報を携えて、最初からここにいる。
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